若林健太

若林けんたの主張

ご挨拶

官僚政治からの脱却

はじめに

 明治維新以来、日本は欧米社会へ追いつき追い越せと目標を掲げキャッチアップをするために中央集権的な国家体制をひいてきました。 中央政府が権限と情報を独占し、国内の資源配分を最も効率よく投資できるように行い生産性を上げて来ました。世界の工場として生産性を上げることが、必ず豊かになると信じられていた時代背景が可能にした体制であったといえます。経済的に豊かになるという一つの目的のために、情報と権限を独占する官僚が最も効率の良い資源配分を考え投資をする官僚統制型の中央集権体制の下では、政治は選挙を通じて民意を吸い上げ政策調整するかたちで参画しており、主導権は官僚に握られていたと言っても過言ではありませんでした。しかし、戦後の高度経済成長がひと段落し、安定成長期に入ると経済的な豊かさだけが成熟した社会における目標ではないようになって来ました。経済的な豊かさから心の豊かさを求めるようになり、多様性を認め合う社会の実現を目指すようになると、こうした効率性を求め続けてきた官僚統制型の中央集権体制に綻びが出てきます。

官僚内閣制

 そもそも、官僚は立法・行政の補佐をする事が使命とされていますが、日常実務をする中で業界とのつながりを強め、政策形成過程での情報を独占的に蓄積していきました。いつしか補佐する立場から、政策に対して裁量を挟むようになり主導権を確保するようになりました。この事は、ニスカネンの官僚行動モデルにある「公共サービス供給に関して、官僚は便益と費用の双方を知っている。議会・内閣は有権者との接触で便益のみを知っている。より多くの情報を持つ官僚が供給量の決定権をもつ」によって必然的な帰結として指摘されています。更に、彼は、官僚の行動パターンとして、「費用が便益を上回らない限りで最大費用(予算)をもたらすサービス量を求めるので、社会的余剰が最大化されるようになる」と指摘し、官僚が情報優位にあれば常に公共サービスは過大供給になり過剰な公共事業や規制が常態化する事となるとしています。こうした官僚行動のパターンによる弊害は、安定成長期に入った日本社会にまさに当てはまります。全国一律のハコモノ行政により、地域の実情からかけ離れた豪華な公民館や体育施設等が各地で建設され問題となり、そうした行政の無駄な投資と共に膨らんだ公共投資は、国地方を問わず莫大な財政赤字を生み出す事となりました。また、護送船団方式といわれたように官僚行政と一部利益集団が癒着し情報を共有しながら規制を設けることで市場に介入する体制が出来上がってしまいました。その結果、資本主義社会でも稀に見る規制社会となり、社会的規制のみならず経済的規制も多く社会全体の活力が失われパレート効率が低くなってしまいました。高度経済成長を続けている段階では、公共投資の拡大以上に経済全体が成長拡大し大きな問題として認識されませんでした。ある意味、効率的な投資を行う事で拡大する経済成長を支える役割を担い時代の使命を果たしていたとも言えます。しかし、バブル崩壊以降の安定成長期に入っても、従来どおりの公共投資を続け巨額の財政赤字を築き、多くの規制によってパレート効率の悪い社会を築くようになって、官僚統制型の中央集権体制の綻びが露呈してしたといえます。この事は、時代の大きな変革の中で、国家体制も大きく変えていくパラダイムの変換が求められている事を示しています。

官僚内閣制からの脱却を目指して

官僚統制型の中央集権的国家体制の限界が明らかになりましたが、これに変わる国家体制はどのようなものが想定できるのでしょうか。高度経済成長の時代から安定成長期に入り経済的基盤のできた日本社会では、もはや物質的な豊かさではなく真に心の豊かさを求めるようになっていると思います。そのためには、情報や権限を中央政府或いは官僚が一手に握り生産性、効率の観点から全国一律に資源配分していく国家体制ではなく、自立した個性溢れる市民がお互いの多様性を認め合いながら地域の政策に参画していく社会、補完性の原理により地域主権がしっかりと保証され、中央政府は国内産業に対する規制と権限から開放され、真に国益を代表する外交や防衛などの国家政策へ特化していく社会へと脱皮していく事が大切であると思います。 時代は大きく変わりつつあります。世界は米ソ2大大国の時代から資本主義経済による多極化した体制へ移行しました。これにより経済社会では、 資本市場の国際化や国際会計基準の批准にあるようにグローバリズムの動きが加速しています。 一方で、産業革命以来と言われるIT革命や、環境改革(グリーンユーディール)による新しい社会の到来は産業基盤そのものを変えようとし、新しい経済社会のモデルを模索しています。 国際政治においては、多極化する地域がそれぞれの文明や宗教に自らの原点を求めて「文明の衝突」が叫ばれるようになってきています。 改めて我々日本人としてのアイデンティティを意識し確認したうえでグローバル化する世界に立ち向かっていく必要性に気づかされます。 我が国日本においても、明治維新、第2次世界大戦の敗北に続く第3の革命期というほど政治経済のあらゆる分野で構造改革が叫ばれ大いなる変革期を迎えています。 世界の工場として生産性を追求することで確実に豊かになる段階は終わり、 自らがより付加価値の高い新しい産業や社会システムを作り出していかなくてはならない時代になってきています。 明治維新以来欧米へキャッチアップするために築いてきた中央集権的な国家体制は、バブルの崩壊と共に時代の要請に合わなくなりました。 今一度日本人として培ってきた個性溢れる伝統文化や人と人との絆を大切にする地域のコミュニティを復活させ、 真に人として心豊かに生きる原点を見つめ直す必要を感じます。大地の上にへばりつき人間臭い部分を取り戻し、 自然環境との共生と誇りある地域文化の掘起しによって地域社会を再生する事が大切です。ITが発達し情報化がすすみ知価社会へと転換していく今こそ、 一見すると矛盾する産業社会のグローバル化と地域社会の人間臭い再生を両方成り立たせる事が付加価値の高い心豊かな社会を拓いていく道です。 日本人の原風景である地方の自然環境や文化伝統を改めて見直し、その独自性を活かしながら自立した特徴ある地方を再生することで、 中央集権体制の下で進んだ画一化された社会から脱皮し、真に心豊かな知価社会を創り上げて行かなくてはなりません。  平成11年7月、地方分権一括法施行を機会に、今までの中央集権的な国家体制から地方主権の体制へこの国のかたちを変えていく事へ踏み出しました。上下主従の関係にあった国と地方との関係を対等協力関係に移し、機関委任事務の廃止と事務区分の再構成、国の関与等の見直しが本格的に行われています。更にNPO法の制定により、自立した市民が積極的に地域の政策へ参加する機会が創られるようになり、各地域で活発に動き出しています。規制緩和に関しても、平成7年行政改革委員会が「光り輝く国を目指して」意見書を公表し、小泉内閣では経済特区構想を打ち上げ進められてくるようになりました。規制緩和と情報開示を進めることにより、官僚による裁量行政を極力抑え権限を縮小させ、護送船団方式という考え方そのものが変質してきました。また、身近な自治に関する業務は地方自治体へ権限委譲するようにし、中央政府はルールの番人に徹し国家として取組むべき政策テーマに特化するように求められるようになってきました。こうして、政治主導、或いはNPO等の市民セクターも政策形成に参画する新しいモデルが求められるようになってきた訳です。我々は、大きな時代の変革期にあるという自覚を元に、今進められている様々な改革の方向をしっかりと見定めつつ、自立した市民として、まずは地域から政策へ積極的に参加をし、この国の新しいかたちを創る先兵として立ち上がらなくてはならないと思います。「官僚政治からの脱却」。既に多くの国民の理解を得ている事であり、時代の変革の中で制度も少しづつ変わろうとしています。この時、官僚政治から脱却した後の主人公たる「自立した市民」を、我々責任世代が自ら任じ行動を興すことこそ、今まさに必要であると思います。


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